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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)29号 判決

原告 シー・ダブリュー・コンミュニケーションズ・インコーポレーテッド

被告 株式会社電波新聞社

主文

1  特許庁が、同庁昭和五九年審判第八九五七号事件について、平成二年八月二三日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

主文同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、「コンピューターワールド」の片仮名文字を横書きにしてなり、指定商品を第二六類「新聞、雑誌」とする商標登録第一六四八九七五号商標(昭和五六年二月一三日出願、昭和五八年四月一五日商標出願公告(商公昭五八-三五四二九号)、昭和五九年一月二六日登録。(以下「本件商標」という。))の商標権者であるところ、原告は、昭和五九年五月七日、被告を被請求人として商標登録を無効とすることについて審判を請求した。

特許庁は、同請求を同年審判第八九五七号事件として審理した上、平成二年八月二三日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年一〇月二四日、原告に送達された。

二  本件審決の理由の要点

1  本件商標の構成、指定商品、本願商標登録出願の日及び設定登録の日は、一のとおりである。

2  原告(審判請求人)は、「第一六四八九七五号商標の登録は、これを無効とする。審判費用は被告(被請求人)の負担とする。」との審決を求め、その理由を次のように述べ、証拠方法として審判事件甲第一号証ないし同甲第七号証(技番を含む。)を提出している。

(一) 原告は、「COMPUTERWORLD」なる世界的に著名な名称のコンピューターソフトウエアに関する新聞の発行者であり、米国で登録第八五七〇六六号の商標「COMPUTERWORLD」を有しているものである。

(二) 原告が使用する商標「COMPUTERWORLD」(以下「引用商標」という。)は、コンピューターソフトウエアに関する記事を掲載した新聞として一九六七年(昭和四二年)に米国で創刊され、以後、わが国を含めた世界各国に広く販売されているもので、本件商標の出願日(昭和五六年)以前には、わが国では既にその商標は周知の商標となっていたものである。

(三) したがって、本件商標は、商標法第四八条第一項第一号に該当し、無効とされるべきものである。

3  被告(被請求人)は、「本件審判請求は、却下する。又は、本件審判請求は、成り立たない。審判費用は原告の負担とする。」旨の審決を求め、その理由を次のように述べている。

(一) 原告は、本件商標の登録には、商標法第四八条第一項第一号の無効事由が存する旨主張するが、当該商標法第四八条第一項第一号の内いずれの無効事由に該当するものであるか明確に記載されていない。したがって、請求の理由が明確にされない本件審判請求は却下されるべきである。

(二) 原告提出のいずれの証拠書類(審判事件甲第一号証ないし同甲第七号証)をみても、これによって本件商標の出願前にわが国において引用商標が周知であったとすることができない。

商標が周知であるとするには、あくまで国内の需要者を対象として考えなければならない商標法のもとにおいて、本件商標は、その登録出願前に本件商標と類似する引用商標が日本国内において商品「新聞」について周知であったとする原告の主張は、提出された証拠によって立証されているとは到底考えられない。

以上のように、原告提出のいずれの証拠書類をもってしても、引用商標は、新聞、雑誌に使用され、わが国において本件商標の登録出願前に取引者需要者間に広く認識され、周知となっていたものということはできない。

したがって、原告が主張する理由は不当なものである。

4  まず、本件審判請求は却下されるべきであると被告が主張しているので、この点について判断する。

原告は、本件審判請求において、本件商標は商標法第四八条第一項第一号に該当し、無効になるべきであると主張しているが、本件商標登録が前記条項のうちのいずれの無効事由に該当するものであるか特定していない。しかしながら、請求書に記載された請求の趣旨及びその理由全体からみて、原告は本件商標が商標法第四条第一項第一〇号の規定に違反して登録されたものであることを本件商標の登録無効の理由にしているものと判断するのが相当である。

また、原告が主張する商標法第四八条第一項第一号は、同法第四六条第一項第一号とすべきところ、誤記したものとみられるものである。

してみれば、本件審判の請求の理由は明確にされているものといえるから、単に無効事由の法条の明記がないこと、あるいはその誤記の点のみを捉え、本件審判請求はこれを却下すべきであると主張する被告の理由は採用しえない。

5  そこで、原告の引用商標の周知性に関する主張については、これは商標法第四条第一項第一〇号の主張をしているものと解して審理する。

原告は、引用商標が本件商標の登録出願前よりわが国において周知のものであったと主張し、証拠方法として審判事件甲第一号証ないし同甲第七号証を提出しているので、各甲号証を順次検討する。

審判事件甲第一号証は「COMPUTERWORLD」の文字よりなる商標がアメリカ合衆国において登録されていることを示すのみであり、該商標の周知性については何らふれていない。

審判事件甲第二号証、同甲第三号証(購読者による証明書)は、引用新聞の購読者によるわずか二通の証明書にすぎず、その証明内容についてもいかなる事実に基づき立証しているのか明らかでなく、これをもって引用商標が本件商標の登録出願前にわが国において周知であったと認めることはできない。

審判事件甲第四号証及び同甲第五号証(雑誌新聞総かたろぐ)は、コンピューター関係の雑誌名を列挙したものであって、引用商標についての記述は全くなく、引用商標がわが国において周知であったかどうかとは直接関係のないものである。

審判事件甲第六号証(昭和四八年一月一〇日付「電波新聞」)では「米国でもっとも権威あるといわれる「コンピューター・ワールド紙」」との記述があるとしても、これをもって引用商標がアメリカ合衆国において周知なものであると認めることができないばかりでなく、同号証は引用商標がわが国において周知であることについては何らふれていない。

さらに、審判事件甲第七号証(雑誌記事)は、アメリカ合衆国にコンピューター・ワールドなる専門誌が存在することをうかがわせ、同誌の読者がわが国においても存在することをうかがわせるとしても、これのみをもって引用商標がわが国において周知であったと認めることはできない。

以上みてきたように、審判事件甲各号証によってわが国において引用新聞の読者が存在したことが認められるとしても、審判事件甲各号証にはわが国における引用新聞の発行の事実又はその発行部数、引用商標の使用開始時期、使用期間、使用地域、宣伝広告の方法、回数及び内容等、引用商標が実際に盛大に使用されていたことを具体的に明らかにするものはなく、また、引用商標が外国で周知であること、商品が多数国に輸出されていること等を証するものもなく、他に、引用商標が本件商標の登録出願前にわが国において周知であったと認めるに足りる証拠はない。

さらに、職権をもって調査するも、引用商標が本件商標の登録出願前にわが国において周知なものであったという事実を発見することができなかった。

してみれば、引用商標は他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標ということはできない。

6  したがって、本件商標が引用商標と類似するところがあるとしても、本件商標は、商標法第四条第一項第一〇号の規定に違反してその登録がされたものということができないから、同法第四六条第一項第一号の規定によりその登録を無効とすべきでない。

三  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、本件商標の登録出願当時、引用商標がわが国において周知であったのに、引用商標は他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標ということはできないと認定を誤った結果、本件商標は、商標法第四条第一項第一〇号の規定に違反して登録がされたものということはできず、その登録を無効とすべきでないと判断を誤った違法があるから取り消されなければならない。

即ち、わが国で現実にそれほど使用されていなくても、外国での使用により周知となった結果、わが国の取引者、需要者にも広く認識されている商標は、わが国で周知の商標として保護されるべきである。

本件商標の登録出願日である昭和五六年二月一六日より前の昭和五五年以前においては、アメリカのコンピュータ関連技術は日本のそれよりも遙かに進んでおり、原告の発行する新聞「COMPUTERWORLD」を始めとするアメリカの新聞や雑誌の記事を日本語に翻訳した記事を掲載した雑誌等を日本のコンピュータ関係者が購読していたことが、甲第二〇号証ないし甲第二六号証に示されている。即ち、「ピコ」(甲第二〇号証)、「機械工業海外情報」(甲第二一号証)、「海外電気通信」(甲第二二号証)、「JECCコンピューター・ダイナミック・レポート」(甲第二三号証)に、「COMPUTERWORLD」の記事の翻訳が多数掲載されていて、日本のコンピューター関係者は、これらの多数の記事が原告の新聞「COMPUTERWORLD」から提供されていると認識できたものである。

「COMPUTERWORLD」の記事の翻訳が掲載された右のような雑誌は一万部以上販売されており、アメリカから日本へ直接送られ販売された英字新聞「COMPUTERWORLD」の部数を加えると、「COMPUTERWORLD」の記事を掲載した新聞雑誌の販売部数は、一万部を遙かに越えていた。昭和五五年当時のコンピューター関係者は数万人であったから、右の新聞雑誌の一万部以上の販売部数は、コンピューター関係者にとって引用商標「COMPUTERWORLD」が周知であることを証明するのに十分である。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一及び二は認め、同三は争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由はない。

二  原告の発行する新聞「COMPUTERWORLD」の昭和四九年ないし昭和五四年の日本における販売実績は、年間一一九部ないし一九三部程度であり、この程度の部数をもって周知性があるとは認められない。

原告発行の「COMPUTERWORLD」の、日本における購読需要者として予想される者は、コンピューターのハードのメーカー、ソフトのメーカー、これらの販売業者、各種ユーザーと業種的にも広範囲に及び、しかも、対象となるコンピューター自体の機種も広範囲にわたることよりして、その数は相当多数であると推計される。これに対し、現実の日本における原告の新聞「COMPUTERWORLD」の販売部数は、前記のとおり極めて少ないのであるから、たとえ大型コンピューターのハードの開発研究や、特定の分野の一部の者がたまたまその名を知っていたとしても、それをもって周知ということはできない。

三  商標法第四条第一項第一〇号に定められる不登録事由としてのいわゆる周知商標とは、日本国内における使用により、日本国内において、世人に使用者の商標として認識された商標をいうものと解しなければならない(明治四二年法第二条第五号の解釈について大審院大正三年五月一二日判決(大審院民事判決録二〇輯三八二ページ)参照)。

右にいう「商標の使用」とは、本質的には、商標法第二条第三項に定められた「使用」の定義に相当する行為であり、本件商標の指定商品である「新聞、雑誌」について具体的にいえば、商標を付した新聞、雑誌を日本国内で定期的に製作、製造、発売し(外国事業者が外国で製作、製造する新聞、雑誌の場合は、日本国内に発行拠点を設け)、組織的な販売網を形成して、当該新聞、雑誌を、定期的に、相当な期間にわたり日本国内の相当広範囲の地域の需要者層に向け、供給を継続することを要するものである。

原告は、商標「COMPUTERWORLD」の日本国内での使用の概念を誤解し、第三者である日本国内の各種情報機関の発行する情報誌の中に掲載されている記事情報の情報源(出典表示)として外国で発行された雑誌類の名称が記載されている事実をもって「商標の使用」にあたるとの誤った解釈を前提として、第三者発行の雑誌類を多数証拠として提出しているが、その前提自体が失当であり、原告の主張は理由がない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本件審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

二1  成立について当事者間に争いのない甲第七号証によれば、原告は、一九六八年九月一七日、アメリカにおいて、商業新聞につき一九六七年六月一四日に使用を開始した「COMPUTERWORLD」という商標について商標登録を得たことが認められる。

2  成立について当事者間に争いのない甲第一八号証の一、二及び甲第一九号証の一、二によれば、原告は、一九六七年(昭和四二年)以来、アメリカで前記「COMPUTERWORLD」を表題とする週刊新聞を発行していること、同紙の一九七四年(昭和四九年)後半の有料発行部数は約六万二四〇〇部ないし六万五九〇〇部で、同年一一月六日号の有料発行部数六万五九二八部の内アメリカ、カナダ以外の国(日本を含む)での販売数は二六五二部であったこと、同紙の一九七九年(昭和五四年)後半の有料発行部数は約九万九三〇〇部ないし一〇万五四〇〇部で、同年一一月五日号の有料発行部数一〇万四三三四部の内アメリカ、カナダ以外の国(日本を含む)での販売数は四二九二部であったことが認められる。

3  成立について当事者間に争いのない甲第一七号証及び弁論の全趣旨によれば、被告の発行する「電波新聞」は、一九七八年(昭和五三年)九月発行の「雑誌新聞総かたろぐ」では、日刊で発行部数が一九万六〇〇〇部とされ、電気、電波、電子、電信等の分野の有力な新聞であることが認められ、成立について当事者間に争いのない甲第六号証によれば、右被告発行の「電波新聞」昭和四八年一月一〇日号一面の中央に、五段を費やして同社が同年にスタートさせる四大企画を紹介した記事の中で、「COMPUTERWORLD」紙を、「米国でもっとも権威あるといわれる『コンピューター・ワールド』紙」と紹介していたことが認められる。

4  前記甲第一七号証、成立について当事者間に争いのない甲第二〇号証の一ないし二八、甲第二七号証及び甲第二八号証によれば、株式会社コンピューター・エージ社がわが国で発行する週刊雑誌「ピコ」は、情報産業界を対象に内外の業界関係ニュースをファイル可能なカード形式で要約収録する他、コンピューター関連の記事を登載するもので、一九七八年(昭和五三年)九月発行の「雑誌新聞総かたろぐ」では、発行部数が五一〇〇部とされていること、右「ピコ」の一九七〇年(昭和四五年)六月一日号(〇号)から一九七二年(昭和四七年)一二月一一日号(一三〇号)までの間に発行された二八の号に、「COMPUTERWORLD」の記事の要約が一件ないし一一件登載され、その各々にその記事の出所として「COMPUTERWORLD」の紙名が明示されていたことが認められる。

5  成立に争いのない甲第二一号証の一ないし五四及び甲第二九号証ないし甲第三一号証によれば、財団法人機械振興協会経済研究所がわが国で発行する月刊の「機械工業海外情報」は、世界の主要な新聞、雑誌から機械工業関連の記事の抄訳、解説等を登載するもので、機械工業関係の業界団体、学会、企業からなる同協会の賛助会員、特別会員に配布され、有料購読、寄贈を含め、昭和五五年三月当時八〇〇部以上が頒布されていたこと、右「機械工業海外情報」の昭和五一年一月から昭和五五年一二月までの間に発行されたほとんどの号に、「COMPUTERWORLD」の記事の要約が数件登載され、その各々にその記事の出所として「Computrwld」の略号とそれが「COMPUTERWORLD」を示す旨が明示されていたことが認められる。

6  成立に争いのない甲第二二号証の一ないし六五及び甲第三二号証によれば、財団法人電気通信総合研究所がわが国で発行した「海外電気通信」は、世界の新聞、雑誌の電気、電子、通信関連の記事の索引、記事の抄訳、解説等を登載する月刊誌で、電気、電子、通信関係の企業、団体からなる同研究所の会員に配布されていたこと、右「海外電気通信」の昭和五〇年一月号から昭和五五年一二月号までの間に発行された六五にわたる各号に、「COMPUTERWORLD」の記事の表題程度の要約が記事索引として数件以上登載され、その各々にその記事の出所として「COMPUTERWORLD」の紙名が明示されていたことが認められる。

7  成立に争いのない甲第二三号証の一ないし一五、甲第二六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二四号証の一ないし四及び甲第二五号証によれば、日本電子計算機株式会社がわが国で発行した季刊誌の「JECCコンピューター・ダイナミック・レポート」の昭和四八年四月号から昭和五三年一〇月号までの内の一五にわたる各号には、海外のコンピューター関連の記事引用文献あるいは海外の新聞、雑誌の記事に基づくコンピューター関係の日誌的記録の出典の一つとして、「COMPUTERWORLD」が一号当たり一回ないし数回摘示されていたこと、財団法人日本情報処理開発センターがわが国で発行した「情報処理ニュース」の昭和四六年九月号から昭和四七年七月号までには、海外のコンピューター関連の記事の紹介として、「COMPUTERWORLD」の記事の要約が計五件紹介され、その各々にその記事の出所として「COMPUTERWORLD」の紙名が明示されていたこと、同じく財団法人日本情報処理開発センターが昭和四七年四月にわが国で発行した「海外の情報産業」には、海外のコンピューター関連の記事の紹介として、「COMPUTERWORLD」の記事が紹介され、その記事の出所として「COMPUTERWORLD」の紙名が明示されていたこと、社団法人日本電子工業振興会がわが国で発行した「電子工業月報」の昭和五三年八月号には、海外のコンピューター関連のニュースの紹介として、「COMPUTERWORLD」の記事の要約が紹介され、その記事の出所として「COMPUTERWORLD」の紙名が明示されていたことがそれぞれ認められる。

三1  ところで、商標法第四条第一項第一〇号所定の「他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」とは、わが国において商標として使用された結果「他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識され」るようになった商標をいうだけではなく、主として外国で商標として使用され、それがわが国において報道、引用された結果わが国において「他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識され」るようになった商標を含むものと解するのが相当である。

その理由とするところは、次のとおりである。即ち、商標法第四条第一項第一〇号に定める要件が商標登録拒絶事由、商標登録無効事由とされた立法趣旨には、商品の出所の混同を防止することが含まれることが明らかである。そして、この立法趣旨からみれば、主として外国で商標として使用され、それがわが国において、価値のある商品、権威のある商品を表示する商標として報道、引用された結果、わが国において「他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識され」るようになった商標と、わが国において商標として使用された結果「他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識され」るようになった商標とを区別して、前者の商標またはこれに類似する商標の登録を認めることによる商品の出所の混同を容認する理由はない。また、同号には、「他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識され」るに至った原因を後者にのみ限定する文言もない。

さらに、右条項にいう、「他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」とは、わが国において、全国民的に認識されていることを必要とするものではなく、その商品の性質上、需要者が一定分野の関係者に限定されている場合には、その需要者の間に広く認識されていれば足りるものである。すなわち、その需要者において商品の出所の混同が生じてはならないからである。

2  本件についてこれを見ると、前記二1、2認定の事実によれば、原告は、昭和四二年以降アメリカで商標「COMPUTERWORLD」を表題とした週刊新聞を発行し、その有料発行部数は、昭和四九年後半で約六万部強、昭和五四年後半で約一〇万部前後であったが、アメリカ、カナダ以外の国(日本を含む)での販売数は右各時期において、二六〇〇部余及び四二〇〇部余であり、その中の日本での販売数は不明であるが、さらに少数であったものと認められ、他に、原告の商標「COMPUTERWORLD」が、そのわが国での使用のみによってわが国において「他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識され」るようになったものと認めるに足りる証拠はない。

しかし、前記二3認定のとおり、被告が発行する「電波新聞」昭和四八年一月一〇日号の第一面の、同年の同社の四大企画を紹介する記事の中で、「COMPUTERWORLD」紙を、「米国で最も権威あるといわれる『コンピューター・ワールド』紙」と紹介していることと、「電波新聞」は、その分野におけるわが国の有力な新聞であり、自社の企画を紹介する記事の中であっても、ことさらに虚偽の記載をするものとも認められないこととを勘案すれば、当時「COMPUTERWORLD」紙が、アメリカのコンピューター関連の情報紙として、少なくとも最も権威があるものの一つであると認識されていたものと認められる。

また、前記二4ないし7認定のとおり、昭和四五年頃から昭和五五年頃までの間に、「COMPUTERWORLD」紙の記事の要約、表題等が、わが国で発行された海外のコンピューター関連のニュースを紹介する雑誌、刊行物に頻繁に紹介され、それらの紹介記事には出典として「COMPUTERWORLD」紙の名が明示されていたことによれば、それらの雑誌、刊行物の執筆者、編集者によって、「COMPUTERWORLD」紙が、アメリカのコンピュータ関連の情報紙として権威があるものの一つであると認識されていたものであること、それらの雑誌、刊行物の読者は、記事の出典としてしばしば引用される「COMPUTERWORLD」を認識し、記憶する機会があったことが認められる。

また、コンピューターが、そのハードウェア、ソフトウェア、関連機器を含め、アメリカで、開発、企業化され発展して来たものであり、従来、わが国のコンピューター、その関連機器、ソフトウェア等の製造、販売関係の企業、技術者、コンピューターを利用する企業、技術者は、アメリカにおけるコンピューターをめぐる情報に大きな関心を払って来たことは当裁判所に顕著な事実であるところ、これらの事実によれば、それらの企業の関係者、技術者のアメリカのコンピューター関連の情報紙についての認識は、前記のわが国の「電波新聞」やコンピューター関連のニュースを紹介する雑誌、刊行物の執筆者や編集者の認識と大差はない者も多かったものと推認され、また、そうでない者も、前記のような雑誌、刊行物の「COMPUTERWORLD」紙の記事の要約等に接し、専門知識を有する者が、企業活動、専門分野に関する情報を得ようとする場合であるだけに、記事そのものばかりではなく、その出典についても関心を払うことが多いことから、「COMPUTERWORLD」紙の名称を認識、記憶した者が相当あったものと推認される。

以上の事実によれば、遅くとも昭和五六年二月一三日の本件商標の登録出願の前までには、アメリカのコンピューター関係の情報紙の一つとして「COMPUTERWORLD」紙の名称が、その商品の性質上予測されるわが国内の需要者である、わが国のコンピューター、その関連機器、ソフトウェア等の製造、販売関係の企業の関係者、技術者、コンピューターを利用する企業の関係者、技術者に広く認識されていたものと認められる。

もっとも、「COMPUTERWORLD」がアメリカにおいて原告が登録を有する「商標」であることがそれらの者に広く認識されていたものとは認めるに足りる証拠はないが、特定の者が商品として発行する新聞の名称として広く認識されていたことは明らかであり、他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていた商標に当たると解することができる。

3  被告は、商標法第四条第一項第一〇号所定のいわゆる周知商標とは、日本国内における使用により、日本国内において、世人に使用者の商標として認識された商標をいうものと解しなければならないとの解釈を前提に、引用商標は周知とはいえない旨主張するが、右解釈自体採用できないことは、前記1のとおりである。

また、被告は、「COMPUTERWORLD」紙の日本における購読需要者層として予測される者は相当多数であるのに、「COMPUTERWORLD」紙の日本における販売実績が少数であることから、引用商標には周知性がない旨主張するが、右2に認定判断した事実関係のもとでは、「COMPUTERWORLD」紙の販売実績が少数であることから引用商標が周知でないとすることはできない。

4  したがって、「COMPUTERWORLD」は、本件商標の登録出願前に、他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていた商標に当たるものであるのに、本件審決が、引用商標が他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標ということはできないとし、本件商標と引用商標との同一性、類似性について検討することなく、原告の審判請求は成り立たないとした認定判断は誤りである。

四  よって、本件審決に所論の違法があるとしてその取消を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 元木伸 西田美昭 島田清次郎)

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